その虚栄と嘘は、ナルシシズムに基づくものだったみたいなのですが、そのナルシストたちの虐待(アビュース)をナルシストアビュース、NPDアビュースと呼んでいます。
これは、おそらく、若い女性であった私だけではなく、若い男性クライマーたちにも、もたらされるもののようです。
どうも、その究極の場が、私が思うには、宮崎の比叡山におけるクライミングです。
宮崎の比叡山は、日本屈指の花崗岩の岩場ですが、同じく日本の花崗岩クライミングのメッカである瑞牆山と比べてクラックというよりはスラブで、傾斜は緩く、グリップもよく効き、クライミング自体は簡単なのです。
瑞牆や小川山には、5.14だとか、不可能スラブと命名されたスラブすらあり、そういうスラブとは全く毛色が違います。長野・山梨が日本のクライミングメッカなのですが、そこで、私はへたくそとされており、最初のスタートは、小川山の春の戻り雪5.7、3ピッチのマルチです。まったくゼロのスタートの人に、小川山があてがえるいちばんやさしいマルチが、それ。
一方、宮崎の大長征は、5.2です。もう難度が全く違います。私はインスボンという韓国の同じく花崗岩の岩場で登った後だったので、簡単でびっくり、でした。
もっともびっくりしたのは、その簡単なところをのぼったことを何とか自慢にする工夫があったことです。それがランナウト。
■ランナウトを虚栄の道具にする思想
ランナウトというのは、ロープをつけていてもロープの意味がないので、決して落ちることができず、フリーソロと同じということです。
最近では、台湾の高層ビルを世界的クライマーのアレックス・オノルドが登ったりしています。
最近では、台湾の高層ビルを世界的クライマーのアレックス・オノルドが登ったりしています。
■「簡単さ」と「虚栄」の矛盾
本来、簡単である5.2や緩傾斜のスラブは、技術習得のための場です。
しかし、そこに技術的な困難さ(5.13や5.14のような純粋なフィジカル・テクニカルな強さ)がない場合、一部の人間は「命を懸けている自分」を演出することで、他者より優位に立とうとします。
本来、簡単である5.2や緩傾斜のスラブは、技術習得のための場です。
しかし、そこに技術的な困難さ(5.13や5.14のような純粋なフィジカル・テクニカルな強さ)がない場合、一部の人間は「命を懸けている自分」を演出することで、他者より優位に立とうとします。
■ランナウトの兵器化
本来のランナウトは、岩の形状やプロテクションの取れなさという「不可避な状況」に対して、静かに自己と向き合う規律です。
しかし、宮崎・比叡山の世界観では、それが「恐怖に耐えられる俺は特別だ」というナルシシズムの証明書、あるいは後進を支配するための威圧の道具(アビュース)に変質してしまっているようです。
どうも、毎年落ちて死ぬ人が何人もいますが、それすら、自分たちの威光を高める栄養素としていそうなのが、宮崎の岩場。
そうだと仮定すれば、ナルシストの栄養源になってしまっています。
本来、ランナウトの管理、リスク管理は技術の一部であるはずなのに、それをあえて排除することで「恐怖に耐える俺」という自己陶酔の道具にしてしまっています。
その自己陶酔は、「初登だから」という初登特権で守られています。
■宮崎日之影町・ボルダリングの聖地
そして、その同じ場所に別の名前で存在するのが、日之影町です。
日本のボルダリングの聖地となっていますが。
ボルダリングは、スラブ登攀の対極に位置するクライミングで、突破力のクライミングです。ロープもつけず、落ちても死なない高さまでしか基本的には登らないで、どんどん難しさ自体をあげていきます。
日之影町と言えば、日本が誇る、トップクライマーの小山田大さんですが、小山田さんは鹿児島出身のクライマーであることもあり、日之影町はほとんど地元。
■日本のクライミングの縮図
そこで古いクライミングの権化のような比叡と日之影のボルダリングが同居しているということが、日本のクライミングの縮図のように感じられました。
実際に双方の当事者はお互いを嫌い合っているようでした(笑)。
■5.2に命を懸けるなんて、ばかばかしくなる、のが正しい成長方向ですよ
■健全なクライミングとナルシシズムのクライミング
九州は儒教文化の地で、一般に年長者を重んじるのが儒教文化。ただ、そのような場で、年長者が虚栄である「ランナウトの兵器化」をデフォルト設定にしていると、そこで若い人は、それが正解だと思ってしまうようです。つまり、ナルシシズムのクライミングを正解と思ってしまうということです。
若い人は、どういう方向性に成長していいのかわからなくなると、安易な方向に流れる。
九州は儒教文化の地で、一般に年長者を重んじるのが儒教文化。ただ、そのような場で、年長者が虚栄である「ランナウトの兵器化」をデフォルト設定にしていると、そこで若い人は、それが正解だと思ってしまうようです。つまり、ナルシシズムのクライミングを正解と思ってしまうということです。
若い人は、どういう方向性に成長していいのかわからなくなると、安易な方向に流れる。
すると、スラブに限らず、簡単なところを登ったことをあたかもすごいことを成し遂げたかのように宣伝するという自己PRが、日本アルパインクライミングの伝統、と思ってしまうようでした。
比叡の大長征っていくらランナウトしているって言っても、43歳でクライミングをスタートしたクライミング歴3年の私がリード(一番最初を登るクライマー、最もリスクが高い)を取れてしまうような難度なんですよ。
そりゃ、中年女の私が登れば、「よく登ったね、えらいね」となるでしょうが、おなじことを20代男性がやって「えらいね」ってなりますかね?ならないでしょう?
20代男性が目指すべき難度とはかけ離れてしまっています。
そんな単純なことが分からなくなってくるのです。”虚栄の充足”を中心にクライミング活動をすると。
なぜなら、簡単なところで賞賛を得られれば得られるほどお得ということになるからです。
一方、「虚栄がクライミング活動の中心になっていますよ」とはだれも言葉にして言うのは、はばかられる。それに、すばり指摘してもどうせ聞き入れないでしょう。
実力があるクライマーならば、数字で自覚してもらおうということで、難度をあげて行くのが、トップクライマーの皆さんで、小山田さんをはじめ、若いクライマーで、5.14以上を登っていないでトップクライマーの称号がある人はいるのかな?って感じです。
比叡の大長征っていくらランナウトしているって言っても、43歳でクライミングをスタートしたクライミング歴3年の私がリード(一番最初を登るクライマー、最もリスクが高い)を取れてしまうような難度なんですよ。
そりゃ、中年女の私が登れば、「よく登ったね、えらいね」となるでしょうが、おなじことを20代男性がやって「えらいね」ってなりますかね?ならないでしょう?
20代男性が目指すべき難度とはかけ離れてしまっています。
そんな単純なことが分からなくなってくるのです。”虚栄の充足”を中心にクライミング活動をすると。
なぜなら、簡単なところで賞賛を得られれば得られるほどお得ということになるからです。
一方、「虚栄がクライミング活動の中心になっていますよ」とはだれも言葉にして言うのは、はばかられる。それに、すばり指摘してもどうせ聞き入れないでしょう。
実力があるクライマーならば、数字で自覚してもらおうということで、難度をあげて行くのが、トップクライマーの皆さんで、小山田さんをはじめ、若いクライマーで、5.14以上を登っていないでトップクライマーの称号がある人はいるのかな?って感じです。
■虚栄の誘惑に負けるということ
しかし、そこまで行っていないのに、初登者リストに名を連ねる誘惑に負けてしまいそうになるのが、”現代の”開拓者たちかもしれません。
5.2でスタートする大長征が開拓の栄誉にあずかれるのは、それが開拓された時代が40年前、50年前だったからで、今80代の人が30代のときだからです。
しかし、そこまで行っていないのに、初登者リストに名を連ねる誘惑に負けてしまいそうになるのが、”現代の”開拓者たちかもしれません。
5.2でスタートする大長征が開拓の栄誉にあずかれるのは、それが開拓された時代が40年前、50年前だったからで、今80代の人が30代のときだからです。
間違っても現代の平均的な登攀能力が上がった、みなが5.12登れるのが普通だという時代に同じことをしても同じ価値があるわけではないです。
端的に言えば、50年前に小川山で5.9を開けば、快挙でしたが、今5.9を開いても、たくさんある課題が一つ増えた、というだけのことでしょう。
端的に言えば、50年前に小川山で5.9を開けば、快挙でしたが、今5.9を開いても、たくさんある課題が一つ増えた、というだけのことでしょう。
■リボルトをするのには資格が必要ですが、開拓にはいりません
開拓者というのは自分の命だけ守っていればいいって話になっており、他者の生命に責任を持つリボルト職人が現代クライミングでは、最も高貴な使命となっていますが、過小評価されています。
■下方比較に使われる男性初心者たち
若い男性でも、スラブを登る機会がない人は、スラブの登りに慣れる時間がないため、簡単なところでも落ちてしまいます。
そこでランナウトしていると、落ちれば、地面まで転げ落ちてしまうため、死亡事故になり、そして、その事実が、「やっぱり俺たちはすごいな」と虚栄を裏付ける結果になってしまっています。
43歳スタートの私でもリードできるようなところが、20代の若い男性に登れないのは、単純に、練習機会がないためです。クライミングジムではスラブクライミングは覚えられません。
では昔はどうしていたんだって?それは裏から回りこんでトップロープを張り、トップロープで登って練習していたか、もしくは仲間ですでに登れる人が一人先を行って、登って、他の者はロープに守られて登ったのです。
十分リハーサルを積んだ後だったので、初登と言っても、何の経験値もなく望んだわけではありません。
たとえば、沢登りでは、高巻きというのをよくやりますが、そこで出てくる足遣いはスラブ登攀とほぼ同じで、地面のフリクションを活用した登り方です。ジムで登っていたら、この足遣いは出てこないのです。
しかし、山岳会は廃れたため、一般縦走から沢登へ進み、沢から雪へとステップアップする、そのような活動を若い人がする機会はほとんどありません。
そのような経験値を積む機会はほとんどなく、そのため、若い人にとっては、ジム→スラブのマルチ、のイキナリ外岩デビューの場みたいなことになってしまい、そのような人が10人いれば、そのうち一人や二人は落ちて死ぬ、ということになります。
■現代のクライマーは、スラブで成長するより、石灰岩を志向した方が実りが大きいですよ
私は、山梨のクライマーでしたので、トラッドを志向しましたが、それは、私が背が低くプロテクションの設置を自分用にカスタマイズできるトラッドのほうが私にとって安全だからです。
しかし、現代でジムでクライミングを覚える人が外岩にデビューしようというときに、一回目に行くのは、たいていはスラブです。ここに技術的なミスマッチと事故の火種があります。
私は初めての懸垂下降が雪上訓練という、雪山の出身でした。雪上歩行のスラブのクライミングに似ている技術なのです。初めて登った岩場は、アイゼンで登ったのです。フォローでも滞りなくアイゼンで登ったので、2回目はクライミングシューズでリードで登っています。
そのような準備がある人が、比叡の大長征に行くのと、日ごろジムでしか登っておらず、沢登りも突き詰めたことがない、アイゼンも履いたことがない、フリクションクライミングの基礎を十分やっていない人が登りに行くのでは全く意味が違います。
若い人が行くなら、日之影でボルダリングを楽しまれることをお勧めします。
威張っている昔の人だって取っていない、いきなり命がけ、というリスクを知らずにとらされることに若い方は気が付かないで行ってしまいます。
比叡の岩場が簡単だというのは真実ですが、それは誰にとってか?フリクションクライミングの基礎教育を既にやっている人にとって、です。
■海外クライミングのススメ
以上のような新人クライマーを取り巻く環境変化のせいで、新人クライマーにとって、簡単なスラブは、岩登りデビューの場としてはあまりふさわしくなくなりました。
私がおススメしたいのは、ラオスのグリーンクライマーズホーム(GCH)で、自動車教習所に免許を取りに通うような感じで、外岩デビューをすることです。
2週間いれば、GCHの5Cはすべて登りつくすことができます。私でもオンサイトでしたし、ボルト間隔も近く、安全に配慮されています。
また5Cでは難しすぎる人には、5A、5Bもあります。日本の石灰岩の岩場は、5.9、5.8と題されていてもホールドが手垢で磨かれてつるつるになってしまっており、たしかに元は5.8だろうが…ということになっています。何とかみどり、って課題を日本で予習していきましたが、日本の石灰岩は、どうもグレードは当てにできない感じでした。5.8でも登れませんでしたが、ラオスならば、すべてオンサイト出来ました。
自分が登れる実感を積み上げて、自信を積み上げていくのがクライミング活動です。
事実に基づかない賞賛をいくら積み上げても、エゴが肥大するだけで、肝心の実力は肥大しないのです(笑)。
以上のような新人クライマーを取り巻く環境変化のせいで、新人クライマーにとって、簡単なスラブは、岩登りデビューの場としてはあまりふさわしくなくなりました。
私がおススメしたいのは、ラオスのグリーンクライマーズホーム(GCH)で、自動車教習所に免許を取りに通うような感じで、外岩デビューをすることです。
2週間いれば、GCHの5Cはすべて登りつくすことができます。私でもオンサイトでしたし、ボルト間隔も近く、安全に配慮されています。
また5Cでは難しすぎる人には、5A、5Bもあります。日本の石灰岩の岩場は、5.9、5.8と題されていてもホールドが手垢で磨かれてつるつるになってしまっており、たしかに元は5.8だろうが…ということになっています。何とかみどり、って課題を日本で予習していきましたが、日本の石灰岩は、どうもグレードは当てにできない感じでした。5.8でも登れませんでしたが、ラオスならば、すべてオンサイト出来ました。
自分が登れる実感を積み上げて、自信を積み上げていくのがクライミング活動です。
事実に基づかない賞賛をいくら積み上げても、エゴが肥大するだけで、肝心の実力は肥大しないのです(笑)。
