2026/08/09

【クライミング心理学】Belayの責任

 グランドフォールしたクライマー


しばらく前、ある方のことをふと思い出し、その方がふと


「私の本当のお父さん」なんだなぁと思いました。

私の幸せを願い、私のためを思って行動してくれた、唯一の方だったからです。

そのことを思って、「実の娘」、つまり、血のつながった娘として愛してくれた血縁のお父さんは、私にはいなかったけれど、私の今の幸せを願ってくれる人が、私にもちゃんといたのだ、「心のお父さん」はいたたのだ、と思いました。

今でも、このことを思うと泣けそう、です。

親は一番最初に、子供の全面的な幸せを願う人であるべきなのに、子供の幸せより、自分の責任のほうが上回る人が多い。

さて、その方から昨日メールが届きました。

なんと、長年のビレイパートナーから、ビレイされていたのにもかかわらず、グランドフォール。全治2か月とのことでした。


A)信頼した相手から、落とされる、のと

B)信頼していない相手から、落とされる、のでは、


A)のほうが心理的に苦しいです。

それは、”信頼した自分がバカだった”という内なる声が、落とされたクライマーを責めるからです。

それは、なぜか?

「クライミングは自己責任」という内なる声は、クライマー界全体で、共通の認識とされているからです。

その自己を責める声は、クライマー界全体の声の内面化です。


真実は、違います。落とした相手が全面的に悪いのです。ルートがRでない限り。


ビレイで相手を落としてはいけないことなど、当然のことだからです。

反省と再発防止の二つが必要です。

車を運転するのに、人をひき殺してはいけないことなど当然すぎるでしょう。
同じことですね。

「自己責任」の原則は、ビレイヤー側にも、適用されるのです。

佐藤祐介さんは、ジャンボさんとまた組んでいるのだろうか?

長年思っている謎です。

チョンボで落とした人と再度組む、というのは、かなりな心理的負担だからです。

私はアラーキーには全く組みたいと思いません。類似している人を見かけたら、誘われたとしても、組まないための指標にしています。

そのほかの人たちも同じで、支点ビレイをする人、お座りビレイをする人、ヒマラヤで雪崩にやられたといいつつ、2mも壁から離れている人、ジムの店長しているけど、岩場でローワーダウンは架け替えなしでやるのがローカルルールだとか言っている人、オリンピックで習ったからビレイはばっちりだとか言っている人、落ちている者に道標付けてこれで良しとか言っている人、自分のロープを持ってこない人、ぜんぶ、組むべきでない人の標本、見たいになっています。