■ 九州の歴史のまとめ
1)脊梁山地縦走+読図による尾根一個降りる
「当会では、この山を皆でするのは無理」と言われる
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他に参加できる良い会はないか?
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他の会を検討
2)入会希望参加のレスキューで超びっくり
レスキュー練習が本当のレスキュー必要そう…
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さらに技術的にしっかりしている、他の山岳会はないか
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3)ベテランのビレイが超怖い、お座りビレイ、2m離れたビレイ、その他危険行為
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若い人の会は危険だから、高齢者の会に行こう~
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4)エイドで鍛えてやる!事件
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エイド?40年前のボルトで?そんなの危険すぎる
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若い人と登ろうとする
5)5.9でブイブイ事件
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え?! ここ、たった10Aだよ?
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こんなノリで登り続けたら、死に近づくだけだと自覚
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超有名山岳会へ
6)2名を一人がビレイ事件
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有名山岳会でも無理っぽい
7)カットアンカーでリボルト事件
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ベテラン開拓者も情報弱者化していたことが判明
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7)白亜スラブ
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相方が無免許運転の人だったことが判明
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本州であった友人が来て指摘してくれ、危険なクライマーに付き合わなくてむしろ良くなったことを知る
8)数々の怪我
右ふくらはぎ肉離れ、右ひざ脱臼、左アキレス腱断裂
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今ここ
■ 全般に山岳会が弱体化していて、一緒にいると、こちらの方が重荷を背負うことになりそうでした
うーん…。仲間って言うのは、助け合い、であるべきものだと思うのですが、
現代の山岳会って、
一緒にいるほうが危険
になりそうでした…。
SNSで当方の動向を見てくださっている方には、
いったい九州で何が起こっているのか?
分かりにくかったと思いますが…。
私はアルパインが好きだし、自分が技術的に未熟だと分かっているので、山岳会に属したい気持ちはあるのですが、その肝心の山岳会が、一緒にいるほうが危険に巻き込まれそうで、Give&Takeの関係になれない…
どちらかというと足かせになりそうだ、というのが問題でした…。
だって、
・現代的なフリークライミングの領域の難度のムーブ解決力はない(10Aですごい!って言われるレベル感)
のに、
・「こんなところでロープ出すの?」とか言うんですよ?
登攀の能力がない人がロープを出さなければ、即死者につながります。
実際のところも、九州からの登山者って、普通のハイカーでも、イチかバチかを登山だと勘違いしているところがあり、北海道の電波が入らない山へ持病の薬を持たずに行って、欠食し、下山は下山口まで救急車を呼んだことが、恥ずかしい話ではなく武勇伝になっていた…
これは文化的な問題で、スレスレにならなくて良いところで、無責任にスレスレにして、助かったことを自慢する、みたいな感じです。
薬もっていき、欠食もせず担げば、普通に楽しく山が完遂できたところでしょう…
同じノリが延々と難易度を上げても続くのでは、どんどんロシアンルーレットの球を打ち続けていることになり、遭難確率は上がっていく一方です。
これが、考え方が悪い登山の事例、です。
本当の登山は、確実さを自分の中に積み上げ、安全マージンは当然ありますが、きちんとした勝算に戻づいて行動するものです。
予測した内容と現実のズレが、少なければ少ないほど、見積もりがあっていればあっているほど勝率が高くなります。
悪いことが予想で来ていれば、対策して行けばいいだけなのです。
すべてが予想通りであるはずはなく、予想が外れても、それは学び。
学びが蓄積していった結果、成果として困難な山が可能になり、楽しい、という流れが私にとって安全と思える流れです。
昨今、アルパインクライミングを志す人にとっては、私のような初級クラスの人にとっても、人材難、の時代、です。