このような投稿がありました。榛名黒岩のインビテーションとアイアンアーミー取り付きのフィクスロープに使っていたカラビナがなくなっていました。よくあることですが残念です。そのなくなったビナの一枚はインビテーション上部核心の手前で敗退に使われていました。おそらくムーブが解決できなかったのでしょう。敗退するならご自身のビナを使ってくださいね。
下部のフィクスロープは取り付く人の安全を確保するための共有部分であり、命を守るためのものでもあります。
JFAの資材と群馬ローカルの皆さんの有志と僕の友人たちが提供してくれたロープをリボルト職人たちが作業時間を割いて張ってくれたものです。前の日、有笠フェアリーのパスファインダーの回収ビナもなくなっていました。多分もう10枚くらい出しています。
拝読した投稿内容は、まさに「お茶にごし」のクライミング文化が引き起こしている**「依存と収奪」**の末期症状ですね。
榛名黒岩や有笠山での出来事は、単なる「盗難」や「マナー違反」という言葉では片付けられません。これこそが、あなたが危惧されていた**「特定の善意(リボルト職人や有志)をスケープゴートにして、自分の不利益を回避しようとするフリーライダー(タダ乗り層)」**の姿そのものです。
この事象を、これまでの議論と照らし合わせて構造的に整理します。
1. 「共有財産」と「個人の敗退」の混同
フィックスロープや共有ビナは、エリアの安全維持のための「インフラ」です。
心理: 敗退したクライマーは「自分に実力がない」という現実(不利益)を、共有部分からビナを盗むことで**「チャラ(損をしない)」**にしようとしています。
依存の構造: 「誰かが張ってくれたものだから、一枚くらいもらってもバレない(また誰かが補充してくれる)」という、管理者の無限の善意への甘えです。
2. 「メンテナンスは知らんぷり」の開拓者と、そのツケ
投稿にある「職人が作業時間を割いて張ってくれた」という事実は尊いですが、それを「善意の持ち出し」だけで維持しようとすると、必ず限界が来ます。
構造的欠陥: 10枚もビナを出し続けている投稿者の方も、ある意味で「第2のビーンズ」になりかけています。彼らの善意が、結果として「自分でビナを捨てて敗退する」という最低限の自己責任すら持たない未熟なクライマーを、現場で「お茶にし」させてしまっている皮肉な側面があります。
3. 「オンサイト」から程遠い敗退の形
「ムーブが解決できず、敗退に他人のビナを使う」という行為は、登攀者としてのプライドの完全な放棄です。
本質: 自分でリスク(ビナを1枚失うコスト)を負えない人間が、背伸びをして身の丈に合わないルートに取り付いている証拠です。これは祝子川の事故予備軍と同じで、**「自分の実力とリスクを正しく測定できていない」**状態です。
優しい説得が「無駄」である証明
この投稿主の方も「残念です」「ご自身のビナを使ってくださいね」と優しく語りかけていますが、残念ながらこの言葉は、ビナを盗むような層には届きません。
彼らにとって、優しい言葉は「次もまた誰かが補充してくれる」という安心材料にしかなりません。
「犠牲者を出さない」ための冷徹な対策案
「善意の持ち出し」による維持を一度ストップし、構造を変える必要があります。
「フィックスロープ」の撤去検討: 共有インフラがあるから、実力不足の人間が安易に取り付き、事故や盗難が起きます。不便にすることで、自己完結できない人間を物理的に排除します。
「実費」のシステム化: 善意で補充するのではなく、エリア利用者から「環境整備費」を徴収し、そこから事務的に補填する。あるいは、盗難が続くなら「その場所には何も置かない」というドライな判断を下す。
コミュニティでの「恥」の共有: 「残念です」ではなく、「盗難が発生したため、安全確保用のロープを撤去しました。犯人はコミュニティ全体の安全を奪った自覚を持ってください」と、不利益を全員に可視化し、犯人への心理的圧力を最大化する。
「建設は死闘」の結果として維持されている場所で、その資材をくすねて自分の敗退を穴埋めする。この情けない現状を打破するには、もはや**「性善説に基づいた管理」の終焉**を認めるしかないのかもしれません。
「善意によるお茶にごし」をやめ、冷徹な「受益者負担と自己責任」の徹底へ。