さて、続きを書きます。
で、Hiltiを買おうとしたって件からですが…私は山梨では、先輩の監視の下でトップロープ時代を過ごしつつ、脱トップロープで、すこしずつリードを取るくらいの段階で福岡に来たので、リードを取るとなると重要になってくるのがボルトの質でした。
しかし、プロテクションの重要性がなかなか分かってもらえない土地柄でした。まるで『生と死の分岐点』でみたレトロ支点が現実に現れたみたいでした。
なんせボルトルートしかない。しかも、ボルトルートなら全部安全だと考えているようで、ボルト自体の老朽化とか、ボルト同士が離れているとか、リーチには個性があることとか、理解しているのかなぁ?疑問、って感じでした。飛びついて落ちるのがクライミングだと思っていそうな気がした。
飛びついて落ちてかっこいいのはオリンピックではそうなんですけど…。それをやると死への近道だというのは、山梨では外岩クライマーには共有されていたような気がしたんだけどなぁ・・・。スタティックに取る。ダイナミックムーブって、ボルダーだけでしょみたいな?
山梨では、強度の分からないボルトに恐る恐る体重を預けるのが外岩課題、みたいな理解でした。なんで、落ちるくらいならテンション。この構えが九州ではないみたいでした。
アイスクライミングでは私は最初からリードを取っていましたが、アイスの価値観でも、どか落ちやふい落ちは、避けるような感じでしたけど…。特にアイスでは、アックスを落とすと危険だからです。自分に突き刺さったりしますよね。落ちるくらいならアックステンション。
で、いきなり価値観が逆転したみたいな感じでした。
それで、こんなスタイルで登ってグレード上げていたら、早晩死にそう、っていう感想になりました。
これは、実は、熊本の会で起きているだけの現象だったのかもしれません。大分当たりの人はもっとまともな価値観で登っているのかもしれませんが、よくわかりません。
ただ私が感知したのは、私個人が殺されそうだ、ということだからです。
あれを登れ、これを登れといろいろとアドバイスしたがるのがホスト側だと思いますが、その課題の選択が、どうも、怖がらせることを目的にした選択に思え、初心者のリード向きの課題選びとは、全く異なるのではないか?と思えました。
後で、グレードが辛いことで有名な三倉に行き、三倉の地元の人によると、それはわざとであり、都会から来た人を追い返すためだという話でした。そこで、同じ心理が九州でも働いているのではないか?と思いました。
しかし、昭和は終わって令和であり、地方都市は、観光収入を必要とする時代。時代の変化にあまり考慮していない考えであるのではないだろうか?
結局、蛮勇とルサンチマン(嫉妬)というアルパイン界の、悪しき二大伝統を、時代にそぐわない形で温存しているだけなのではないか?と思われました。
蛮勇とルサンチマンを裏返すと、冒険と承認欲求。つまり、冒険性を強調しすぎることが蛮勇への道であり、ルサンチマン、嫉妬となるのは、承認欲求が満たされないから。
それは、男性のほうが落ちやすい心理的罠のようで、私は落ちなくて、アラーキーは落ちたのではないかと思います。
それがちょっと残念でした。なんか、鬼滅の刃みたいな感じだった。
■クロスケオテ谷
で起きたのがクロスケオテの件で、あーあ、なんてこった、というのが率直な感想でした。
もちろん、初登の栄誉に浴したいというのは、別に持って良い、誰にでもある欲求で、あーあ、はそこにはないです。
あーあ…はエイドだったことです。まぁ、人の記録に難癖付けなくてもいいっていうのが、まっとうな大人ですが、相方だったからこそ残念。
折角、現代レベルのクライミングでこれまで頑張ってきたのに…最後の最後で欲に負けてしまったのね…みたいな。
記録が出るまで、まさか彼がエイドでの記録をロクスノに上げようとは思ってもみませんでした。
その前に、雌鉾の大滝のアイスクライミングの記録が見開き2ページくらいで、ロクスノに載ったのですが、あれ、アイスクライミングをしている人なら、誰でもわかると思いましたが、同じ時期に登られた石原幸恵さんの二口渓谷の第二登よりうんと簡単です。石原さんの記録は巻末にちょろっと。必要になる努力の量が圧倒的に違うのに、この扱いの差が、えー?でした。
しかも、書いた内容が赤面するような冒険譚になっていました。アイスクライミングって氷の凍結が未熟だと危険で、スクリューをねじ込むと水道の蛇口みたいに水がジャーっと流れたりします。私もそういうのを初心者の時にやって、それは、ああ、こういうのには登ってはいけないのだな、と登ってはいけないアイスを見極めるという経験値になったのですが…。まぁ意外にアイスは堅牢でその時は登れたんですが。八ヶ岳でも近年は凍結が甘くて、氷の下でジャンジャン水流が流れていたりします。アイスクライミングの経験値の半分くらいは、登ってはいけないアイスと登っていいアイスを見極める能力をつけることなんですよね。
私の以前の師匠の鈴木さんはときどき、岳人に寄稿する人でした。彼によると、雑誌社は大体、紙面を埋めるのに困っており、記事を欲しがっているそうなのです。ロクスノも同じなのかもしれませんね。
まぁ、以上の経験で、現代アイスの女性トップクライマーの一人である石原さんがまったく無名で名を世間に知られることなく、ただの初心者の九州のクライマーが九州の仲間内でまるでトップクライマーであるかのように、尊敬されることになった、ので、ああ、こういうことか、と思いました。
前にいた山梨でも、トップクライマーが謙虚すぎて地元に人に知られず、とくに価値ある内容の登攀をしているわけでもなさそうな人…事例としては、栗城さんを上げたいですが…ほかに南谷マリンさん…が超有名人で冒険家扱いになっている理由が分かりました。
当人のプレゼンだけを聞いて、クライミング自体のレベル感とその人のやっていることのレベルを理解していなければ、聴衆側は意外に簡単に当人の自己評価を受け入れてしまうというものです。
「登攀の内容」そのものよりも「物語」を作る能力のほうが社会的評価につながりやすい現象ってことなんですねぇ…みたいな。
でも、エイドでの初登だと、それすら不可能です。だっていくら初登でも今の技術水準だとフリーが前提だからです。
というわけで、応援していただけにとても残念でした。私は、全国レベルで、あちこち渡り歩いているトップクライマーがローカルクライマーを出し抜いて記録を積み上げるよりも、地元でコツコツ、まだ踏まれていない尾根やら沢やらを丹念に探して、積み上げるということに価値があると思うので、ローカルクライマー応援派だからです。
“まだ踏まれていない尾根や沢を、自分の足で探し当てる”という努力こそローカルクライミングの価値なのに、その真逆方向を行ってしまった。
というわけで残念の一言でした。
まぁ、そういうわけで、フリークライミングもイマイチ、アルパインは輪をかけてイマイチ、みたいな感想でした。
アルパインクライミングは、現代フリークライミングによって底上げされているんですよ。いまだにこっちのアルパインクライミング志願者は、根子岳に行けるようなアルパインクライマーになりたいですって世界観で、登攀が上達する前に、文字通り足元が崩れるというだけの理由で亡くなっているかもしれません。根子岳以外に適当なアルパインの練習場がないからという理由みたいでしたが、ちょっとクライミングを学んだ後に普通に日向神でマルチに行けばいいだけなのでは???
まぁでも、山梨でも、鶏冠尾根とか、星穴とか危険なだけで登攀の魅力がさしてあるわけでもなさそうなところを登りたがるのが登山とアルパインの境目の人でした。私は南アルプスの深南部でひどい目にあわされそうになって難を逃れたことがありました。
九州人が誇るべき成果というのは、やっぱり門田ギハードだと思いますけど…。みんなは応援していないというか、あまり名前が九州内で知られていないみたいなのが不思議でした。
アイスやっていたら、知らない人いないと思うんだけどなぁ。NHKにも出たのにね。
九州限定の山雑誌、のぼろ、にギンちゃんが出ないからかもしれませんね。
■まとめ
九州に来て、
- スタイル軽視
- 精度の甘いアドバイス
- 基礎的安全観念の欠如
- 歴史・文脈の理解が弱い
- ローカルに本来の成果が残っていない
を知り、世紀末…という感想でした。アルパインクライミングという一つの文化の死を見た、って感じです。今のウクライナを見るような…。
その中で一筋の光がギンちゃん。
- 世界的に通用する成果
- 技術の高さと精神力の両方を備えた本物の登攀
- 記録としての価値も明確
記録を出し続けるのは、なかなか大変だと思いますよ。なんせ一番大変なのは、スポンサーになってくれる側が価値の理解をしないことなんじゃないのかな?だって地元九州クライミング界が、今こんな状態なんですから。